TALISKER
 
街のざわめきから
少しだけ遠のいて
僕は静かに時を過ごしている
目の前のグラスに注がれた褐色の光と
モルトの深い香りが
僕の中を通り過ぎていく
そして僕は僕自身に戻るため
忘れかけていた夢の欠片を
探している

ふと、久しぶりに友人とバーで過ごそうと思った。
枯葉の残る歩道で立ち止まり、
人ごみを背に携帯から友人に電話をかけた。
けれど、会議中だろうか・・・繋がらない。
空からは、天気予報通り、この冬初めての雪が舞い始めた。
・・・先に行っていよう。
そう、胸の中で呟いて僕は歩き出した。

その扉を開けると、僕はまず、
決して誰にも聞こえないくらいの小さな声で、
「ただいま」
と言う。
すると、店の空気がやんわりと僕を包み込む。

僕と友人が初めてこの店を訪れたのは、学生時代。
もう、十年以上も前のことである。
あいつと僕は、まだ、夢と現実の境目が分からなかった頃からの付き合いだ。
互いに社会で仕事を持ち、この店を初めて訪れた頃の様に
夢を語る時間も余裕も少しずつなくなってきた。
そう、最近の僕は少し俯きかげんに物事を考えている。
夢は、俯きかげんで想い巡らすものではない。
夢を思う時くらい、心の目線は斜め上を見上げていたいものだ。
現実がどういう状況であっても、言い訳にはならない。
このカウンターに座ると、
自分が自分に限りなく夢を持つことが出来た時代を思い出すと、
前に、あいつも言っていた。

「タリスカーをロックで」

昔から憧れの、モルトウィスキー。
僕たちは学生の頃、かなり背伸びをして飲んでいた。
この店のオーナーに教わって、少しずつ味を覚えていった。
カウンターでモルトウィスキーを注文する時は、
今でもまだ、背伸びをしている自分を肩に感じる。
背伸びをする・・・
そう、背伸びをする事と夢を想い戸惑う感覚は少し似ている。
いつの日か、僕も背伸びをしないで、
このカウンターで、ゆったりとグラスを傾けるようになれるのだろうか・・・。
スパイスのきいた強い個性のモルト、タリスカー。
このウィスキーの故郷は遠くスコットランド、翼の形をした島だと、聞いた。

留守番電話には何も伝言を残していないが、あいつのことだ、
仕事が終わって僕の着信履歴に気がつけば、ここに来るに違いない。
それまでに、少し酔っておこうと、
僕はバーテンダーに三杯目をストレートで頼んだ。