STRATHMILL
 

街の中で,今日もひとり
あてもなく歩く
飄々と,時間が過ぎることを
追い求めてしまう日々

でも,背中合わせのもうひとりの僕は,
立ち止まって,生きていることの確かさを
この指で感じてみたいと思っている.



随分前から,胸の中に
風が吹いているようなところがある.
それは,人と別れたり,なにかを失った時,
空虚さを埋め合わせるため,別のなにかを
永く,探さないでいたからだ.
胸の中に吹く風や風向きを,
自ら日常の目的と摩り替えていた.
そうして,気取っていた.
そうしなければ,前を向いていられない気がした.

ひとりで知った店で,誰とも連れないで,
今夜も飲んでいる.
カウンターで,僕からは敢えて嗜好を伝えないで,
バーテンダーが選んでくれたモルトは,
ストラスミル.それは,
この店に今夜,初めて入れたボトルらしい.

「新しいボトルに,めぐり逢うのもいいものです」
バーテンダーがさり気なく,
選んでくれなければ,僕の気性では,
まず,新しいものを先手きって選べない.
そういう事が,数年前から億劫にもなっていた.

「でも,このモルトがブレンドされているものを
 きっとあなたも何処かで召上ったことがあると思いますよ」
バーテンダーのさらりと言った言葉が,
幾分,僕の胸の中を温めてくれた.

僕は,本当はいつも,
泣かないままに,
でも,時に哀しくても笑うことに,
もう,疲れたのかもしれない.
モルトの余韻がわずかに甘い,
今夜は,グラスの冷たさが指先に沁みる.




 ストラスミル
  果実の熟した特有の香りが,印象的.
  キレのよいシャープな味わいと幾分あまい余韻.
  J&Bの原酒,ブレンディド・スコッチとして
  用いられ,シングルでのボトルは少ない.
  蒸留所の前身は,小麦・トウモロコシの製粉工場
  だった.