ST.MAGDALENE
 
うしなったものが
自分の拠りどころのひとつであると
気がついた
けれども
そのことを悲しむ、それよりも
違う情感のなかを今宵、僕は流離したい


僕が今、飲んでいるモルト
セント・マグデランは、
絶滅寸前の聖なるウィスキーとして知られている.
その名は、
エジンバラから西へと離れた城下町リンリスゴー、
その町にある古い十字架のこと、
マグデラン聖人にちなんで付けられた.

17世紀、18世紀に生きた人々のさまざまな製造が
19世紀の流通の力によって
文化に一層の恵みを与える.
この聖なるモルトも、文化の発展とともに
近代の歴史の中に加わっていた・・・
経営の競争に揉まれ、戦争にも耐えた、
しかし、合理化が進み、
辿り着いた結末は蒸留所の閉鎖・・・
まるで、近代の物語、その象徴のようなモルトではないか.

「もしも、このボトルが
  この世で最後のセント・マグデランだとしたら・・・」
バーテンダーは、
そう言いながら、静かに僕の前にボトルを置いた.
「もしも、そうだとしたら・・・
  二人で今夜中にすべて飲んでしまおう、そう提案するな」
僕の言葉に彼は、少しだけ微笑んだ.
「貴方らしい発想ですね」
僕もつられて少しだけ笑った.
「次もストレートで、いただこう」

この世で唯一、聖人を名のっていた蒸留所は、
すでに閉鎖されている.
ストックが尽きれば、
セント・マグデランは、
真の「聖なるモルト」となるのか・・
けれども、辛うじて今のところは
このモルトを味わうことができる.
これから、うしなうものが、
実は自分の心の拠りどころであると、
気がついた、それは幸せなことだと思う.
うしなってしまった後、気がつくよりも.

さながら
旅の途中で、
ふと、故郷に似た風景を見つけ、
戸惑いながらも、胸の内が熱くなる時のようだ・・・