SPRINGBANK
 

スプリングバンクは,
さりげなく,
過ぎゆく時間のなかで,
僕の淋しさをやんわりと
包み込んでくれる

その優しさに
僕は拠りかからず,
さりげなく
淋しさと付き合うことにしている.


大したことではない,
いつものように些細なことで,
疲れている.

陽射しが柔らかく,
暖かい一日を過ごしたというのに,
胸の芯のところが冷たい.
そう言えば,随分前に季節も変わったはずなのに・・・

店のカウンターで独りで飲んでいる.
今夜はなぜか周囲の客の声が,
耳元まで届く.
でも,なにを話しているのかは,
分らない.
声は聞こえても,
言葉は聞こえてはこない.
-今夜は,独りでよかった.
僕は胸の中でそう思った.

「最近,僕が飲んでいないモルトで
  ストレートでじっくり飲めるものがいいな」
僕の声に,バーテンダーは無言で微笑み,
小さく頷いた.

バーテンダーが選んだモルトは,スプリングバンク.
柔らかい香りがグラスから伝わり,瞳に染みる.

たいしたことではない,
ほんの些細なことで今夜も疲れているだけだ.
まして,
誰のせいでもない.
日常の煩雑な出来事が積み重なる,その重みに
気がつかないふりをしていた.
けれども,本当は
重みに耐えられない自分が
情けないだけなのか・・

今夜,僕はすべてのものに拠りかからず,
胸の芯が冷えきっているのか,
それとも奥底に,
微かにあたたかいところが
残ってはいないかと,自らの胸のなかの声に
耳を傾ける.

スプリングバンクは,変わらない優しさで,
やんわりと僕を包んでくれている.