NORTH PORT
 

ゆっくりといきたい

久しぶりに会った友人が
語った言葉の中に・・
あまりに僕の日常から
遠のいてしまった言葉が
耳の中で響いた

ゆっくりと・・・・



友人と久しぶりに待ち合わせをして
この店まで歩いた.
落ち葉が足元で舞っていた・・
ふと,見上げると
街路樹は冷たい風の中で揺れていた.

「おふたりが,並ぶのは久しぶりですね」
カウンターにふたり,座ったところで,
バーテンダーが言った.

隣りの友人が,ホットワインを二人分注文した.
「最近,気に入っているんだ」
友人の注文に,バーテンダーがほほ笑んだ.
僕は久しぶりにこのカウンターに座ったが,
隣りの彼を見るとカウンターにとても馴染んでいた.

バーテンダーが友人の前にモルトのボトルを置いた.
「先日,話題になったので入れました」
友人は,うれしそうにほほ笑んだ,
羨ましい笑顔だ.
ボトルの文字を辿ると「ノース・ポート」とあった.

「このモルトは,少し水を加えると・・
       ゆったりとした味わいになります」
バーテンダーはそう言って,さり気なく
ロックグラスの脇にチェイサーを置いてくれた.

友人は遠い未来について語る,
古くからの付き合いなのに,思い出話をしない.
久しぶりに会ったのだけれど,
日常を事細やかに積み重ねた話題など
決して話すことはない.

それがとても羨ましかった.

カウンターでふたり並んで,
ノース・ポートに少しずつ水を加えつつ
味わいを広げていく.

今夜,僕の時間も友人とともに
ゆっくりと刻まれていくことを願った.

寛容に生きることの
美しさが身にしみた.



ノース・ポート
 蒸留所は1983年に閉鎖,取り壊され今では存在しない.
 おとなしい印象のモルトであるが,
 味わいのまろやかさと,蒸留所が既に存在しないことが,
 このモルトにめぐり合った人に,
 心に優しく問いかけてくるような甘い余韻を残す.
 「北門」の意味.