LAGAVULIN |
誰かの声が聞きたくて、 店の電話ボックスから 友人に電話をかけた. 落ち込んでいると、 悟られないように、明るく話した. カウンターで、次のモルトを選び始めたところで、 店の扉がゆっくりと開き、 彼は笑顔を見せた. 今夜は静かに飲みたい、そう思ったけれど、 カウンターはずっと僕ひとりのまま、 なんとなく、居心地がよくない. 勝手なものだ.ひとりでいたいし、ひとりでいたくない. 僕の複雑な心中を察したか、 バーテンダーも話しかけてこない. 僕はバーテンダーに頼んで、 100円玉を10円玉に替えた。 店の奥の電話ボックスから、友人に電話をかけた、 100円分、話そう、そう思った. 「久しぶりだな」 僕は明るく言った. --そうでもないさ・・ 彼は、穏やかな口調で言った. --夕方、街で見かけたよ、 僕は車だったから声をかけられなかったけれど. 彼の穏やかな口調は変わらない. 「なんだ、そうだったのか」 通話中に切れることを避けたくて、 「10円玉がなくなりそうだ」 そう言って、僕は早々に電話をきった. 受話器を置くと、10円玉は3つ落ちてきた. カウンターに戻ると、 チェイサーが一回り大きなグラスに替わっていた. グラスの中には、大きな丸い氷が入っている. 僕は指先で、氷をくるくると回した. 琥珀色のモルトに浮かぶ氷もきれいだけれど、 僕は水に浮かぶ氷が好きだ. 目を凝らすと、心底に滞っている澱のようなものが、 浮き上がり何処か、二度と逆流してこないところへ、 流れる感覚を覚える. 熱い想いは月日の過ぎる過程で柔らかくなっていくけれど、 燃えきれなかった想いや願いは、 心の深いところに漂い続ける、それは、 日常の何気ない躊躇いや対人関係の相克の中で、 不意に身体の中心から揺らぎはじめる・・・ 「次は、どうしようかな・・」 僕が呟いたところで、店の扉が開いた. バーテンダーは、柔らかい表情を見せた. そして、扉の向こうから、 僕の友人が笑顔を見せる. 友人は隣で、僕がカウンターに並べた10円玉を見て笑った. バーテンダーは無言のまま、 カウンターにグラスをふたつ並べ、 ラガヴーリンを注ぎはじめた. |