GLENMORANGE
 
カウンターでグラスを傾け、
来週からの旅に、
想いを馳せる

愛情をそそいだ自分の車で
遠出をするのは、久しぶりだ
運転に疲れた夜
ウィスキーを飲んで、深い眠りにつく
夢の中で、明日の旅路を巡れば、
僕の夢も、そして、未来も、
少しずつ天国に近付けるかもしれない


今夜、僕はこの店のカウンターで、
おもしろい話を聞いた。
この店でおもしろい話が聞ける夜は、
いつもある予感めいた感覚を覚える。
それは、店の扉を押す時に、
まだアルコールも入っていないのに、
軽い眩暈を感じて、目を閉じると、
一瞬、小さな流星を見る。
 それは、この店を初めて訪れた時からだ。

オーナーに僕は旅に出る事を告げた。
仕事に区切りがついたので、
二週間も休暇をとると言うと、
彼は少し驚いていた。
僕はそれほど、最近、よく働いていた。
やがて、彼は二年程前に旅をした、
スコットランドでの出来事を語り始めた。
 その旅については、僕も覚えている。
 旅の話も幾つか聴かせてもらったし、
 旅先で手に入れたモルトも飲ませてもらった。
今夜、僕が飲んでいるモルト、グレンモーレンジも
確か、その中に含まれていた。
彼は向こうでレンタカーを借りて、
気の向くまま車を走らせ、蒸留所を周った。
一夜だけ、ホテルがありそうな街に辿り着けず道にも迷った。
「夕方、車を走らせていたが、あまりに眠くて困った。
 はらっても、はらっても、睡魔がまとわりついてくる感じ。
 けれども、すぐに日が暮れて・・・」
対向車も、追い越していく車も、
目が眩むほどのスピードだった。
そのせいで、自分もどんどん加速し走り続けた。
 それからの事は、ぼんやりとしか覚えていないそうだ。
暗黒の闇の中、なぜか彼の車だけは、
明るくて心地よい光に包まれていたという・・
このままではいけない、意識を呼び起こさなければ、
そう思いながら、ずっと走り続けた・・と。

朝になり、目が覚めると、美しい湖の前だった。
車を降りて、湖の水を掬い顔を洗って、意識を戻した。
すがすがしくて、まるで、
生まれ変わったような心持がした。
地図を辿り、自分の居場所を確認した。

「向こうの世界を走っていたのだと思う」
 彼は、そう呟いた。
「向こうって ?」
 僕は、訊ねた。
 彼は、人差し指で真上を差した。
「空の上 ?」
 僕は、真面目な口調で言った。
「そう・・雲の上」
 彼は、微かに笑顔をみせて、そう言った。

彼が辿り着いた湖は、ターロギー湖。
僕のグラスの中で輝くグレンモーレンジは、
その湖近くの泉の清水から生まれる。
そして、「大いなる静寂の谷間」という意味をもつ、
このモルトは、スコットランドで
一番高い背丈を誇るスチルに、今、
どんな夢を見ながら、眠っているのだろうか。
 
 彼は雲の上で、どんな夢を見たのだろう・・