GLENGOYNE |
カウンターに ひとりで飲んでいる客だけが 席を並べる時がある 肌に心地よい風に吹かれているような ひととき 僕のなかで 郷愁の感がさざれ波のようにうち続く・・・ 久しぶりに会った友人とウィスキーを飲んでいた、 つい先程まで. 彼の方がいつも少し、僕よりも酔うのが早い. カウンターにふたりで並んでいたのだが、 --これ以上飲むと、家に帰れなくなるよ. 彼はそう言って、席をたってしまった. 残された僕は、ひとり未だ自身の酔いのさざれ波にさえ、 身体がうまく馴染めないでいる. カウンターに、 ひとりで飲んでいる客だけが並ぶ時がある. どの時刻にと、決まっているわけではない. けれども、僕は運良くその心地よい孤独感に包まれる一時を、 この店のカウンターで遭遇している. それも比較的、多く. 「今夜はグレンゴインで通すのですか?」 バーテンダーが僕の前にボトルを置いた. 「そう言えば、替えていなかったね」 僕はここのところ、 途中でボトルを替えることが常となっていた. 「今夜はこのままでいこう、次はストレートで」 グレンゴインは先程まで隣にいた友人が、 好んでいるモルトだ. 彼はグラスゴーから北に位置するその蒸留所を 訪ねたこともある. 深緑の美しい蒸留所だと、話していた. まるで、彼は故郷のことを話すように 懐かしみ、愛しみながら語っていた. 目の前に置かれたストレートグラスから香るモルトが、 僕の今と過去の不透明なところを洗ってくれる. 先程まで彼が座っていた空席に語りかけるように、 僕は心のなかで呟いた. --今度はいつ、戻るんだ. 彼と僕は同じ故郷をもっている. 深緑の美しい故郷をもっているのに、 僕達は毎日、 都会のきつい風に身体を擦れ擦れにさせながら生きている. このカウンターで、ふたりとも故郷の話はしない. 別段、そういった約束を交したわけではない. でも、僕がこうしてひとり、モルトの香のなかで 過去と今を越えようとしているように、 彼もひとり、このカウンターで 言葉にしないまま故郷を愛しんでいるに違いない. その時もきっと、 今のようにひとりの客だけが席を並べているのだろう・・ グレンゴインは柔らかい、そして ひとりの時に身体にやさしいモルトだ. 目を閉じると、目の前で 深い緑が風の中で揺れた. |