GLENT GRANT
 

雪の季節は,いつもうれしくて
そして,とても淋しい

毎年,
その冬,初めての雪が降り始めた朝は,
暫くの間,寒さなど忘れ,
雪の中に立ち尽くし,舞い降りてくる雪に見惚れる

雪の中に佇み,家郷を懐かしく思い浮かべる

僕の中に永遠回帰として・・・
雪が降り積もる


北の寒い地域で生まれた僕にとって,
都会の冬は,すべてが乾いていて,
ここで何度冬を迎えようとも,
身体がしっくりとは馴染まない.
日毎に寒さが増していくと,
僕は雪が待ち遠しく,遠く空を見つめてしまう.

この店までの路でも,乾いた北風の中で,
何度か立ち止まり,空を見上げ雪を待ち侘びた.

今,カウンターには僕ひとり.
いつになく,店内が広く感じて,
急に胸が軋み,実はとても淋しいことに気がつく.

日頃は気をつけて取り出さないでいる胸の中の思いが,
鮮明に浮き上ってくる.

世情に埋没し,
ただ,時間だけが過ぎていくことが,
無償に虚しくなってくる.

「昨夜と同じモルトでいいですか?」
すぐに空いた僕のグラスに気がついて,
バーテンダーは笑みを浮かべて言った.
「グレン・グラントは年数の段階が幾つかご用意できますよ」
僕はグラスを差し出した.
「それでは,この店で一番古いものを」

グレン・グラントのボトルのラベルには,
ハイランドの伝統衣装に身を包んだ二人の男性が描かれている.
二人は蒸留所を設立した兄弟だとなにかで読んだ.

淡い色,優しい香りのモルトではあるが,
味わいと余韻は至ってスパイシー.
肌寒い夜に,相応しいモルトだ.

家郷の穏やかな雪景色を思い浮かべ,
自らの境涯に降り積もる雪が
身に沁みる,とても寒い夜.

自らの育った土地と家族を愛し続けた人々によって,
誠実に造られたモルトは時代を超えて,今,
僕に逞しく生きることの大切さを
伝えようとしているのか・・



グレン・グラント
 スコットランド以外で売られた最初のウィスキー.
 シングルモルトとしても同様である.
 印象的なラベルは,蒸留所を設立したグラント兄弟の姿が
 描かれている.
 イタリアでもっとも支持されているモルト.