GLEN GARIOCH |
なぜ,このモルトが好きなのか そう問われると 応えは,ただひとつ 胸の中に据えてある それは、僕の胸の奥の いちばん渇いたところを浸らせて 染み込んでいくから この渇きは,一生続くのかもしれない だから,ひとときの潤いを求めて 僕は,グレン・ギリーをいとおしむ 僕が,グレン・ギリーを好んで飲むようになったのは, いつの頃からだったか. このバーのオーナーが,偶然に薦めてくれたのだが, その時,既にかなり酔っていたはずの意識の中で, このモルトは,かなり僕を目覚めさせた. それは,酔いとは違う, 胸の奥の深いところに響く感覚だった. 「このモルトは,昔,仕込みの水に随分困り続け, 経営者も代わることが多かった蒸留所で生き続けた」 オーナーはそう呟いて,ボトルを手にした. モルトにとっては,大麦は命, そして,水はその命を育む恵みではないか・・・ 僕は、オーナーの語る グレン・ギリーの物語に耳を傾ける. そして,東ハイランドに位置する 蒸留所の歴史に厳かな心持ちになり, あらためて,真摯な気持ちでグラスを傾ける. -精神の風が粘土の上を吹いてこそ、 初めて人間はつくられる- 物語<星の王子さま>を描いた サン・テクジュペリはそう語った. 人間が生きるということを 美しく尊厳のある深さで想起し, 希求することは, 自らの精神を胸の中で塑像し続けていく・・・ 目を綴じて,味と香をいつくしむ,すると, 雨があがった時のしんなりとした野原, そして,野を行く風を 思い出させてくれる,グリン・ギリー・・・ 気がつくと, オーナーは僕の前にボトルを置いてくれていた. そして,今は, カウンターの一番奥に座った若い男性客と言葉を交している. ふたりの間には,僕の知らないモルトのボトルが置いてある. それぞれのモルトに それぞれの想いを抱えて, 僕達は,今夜もこのカウンターで 憧憬と我が身を重ね合わせながら, 胸の渇きを潤している. |