CAOL ILA |
遠い未来を思う時間は 今の自分をも いつくしんでいる いとしい人と過ごす時間は 遠い未来の自分を夢みることが できるひととき 僕の妻は,桜の花が美しい頃に誕生日を迎える. 10年前,初めての彼女の誕生日を, 満開の桜が窓から見渡せるレストランで過ごした. ふたりで食事をした後,このバーに立ち寄った. 確か・・そうカウンター・・・ 今,僕が座るこの椅子,左端から2番目, この椅子に,あの日は妻が座っていた. 一ヶ月前は,妻の誕生日だった. 10年ぶりに桜並木が見渡せるレストランで食事をした. 今年の桜は時期が早く・・・しかもその日は雨. 「きれいね,雨も桜も」 窓から散りゆく桜を見つめ,妻は言った. 「10年前の桜よりも,今日の桜が今は好き」 散りゆくものの,美しさ. 妻とゆるやかな時を過ごしていると, 散りゆく侘しさや翳りよりも, 胸の中に,むしろ甘い優しさが残る. そして,今夜は僕の誕生日. ふたりで,うす緑色の美しい若葉の桜並木を歩いたあと, やはり,このバーに辿り着いた. 今,飲んでいるのは,カリラ. グラスを傾ける毎に, 雄壮な海の逞しさと,強い荒波と飛沫さえも感じるモルト. 一見は穏かな色合いだが,毅然とした主張の強い味と香り. 隣の妻はいつも,この潮の香りだけで 僕がカリラを飲んでいるとすぐに気がつく. 僕はカリラのようでありたい. このモルトを飲んでいると,いつも思う. だが,声にして言ったことはない. 言葉にするために,暫くは重ねる時が必要だ. 僕は,10年前の妻の誕生日に初めてカリラを知った. 以来,ふたりでこの店で過ごす時には, 僕はまず,カリラから始める. カリラ アイラ・モルト.ピートとヨードの香りが強く, 辛くシャープな味わい,余韻が長い. ゲール語で「アイラ海峡」.一見は淡い色合い, しかし味と香りは,男性的で雄大な印象のモルト. |