BUNNAHABHAIN
 

海近くで生まれた僕にとって
故郷は・・と訊ねられると
地上ではなく
目の前に
永遠の水平線が広がっていく

打ち返す波
空と海の広がり

記憶と希望が重なりそうになる


夏が過ぎて,
静かになった海に行った.
仕事をしない一日,
故郷ではない海だけど,
朝から日が暮れるまで,
ずっと,波の音が聞こえる場所で過ごした.

帰宅途中で,
バーのカウンターに立ち寄った.
バーテンダーに,
ブナハーブンを頼んだ.
ボトルを僕の前に暫く,
置いてくれるようにも頼んだ.

「水平線を見ているのでしょうか?」
バーテンダーは,
ボトルラベルのことを言っているのだろう.
ブナハーブンのラベルはあまりに有名で,
船上の水夫が描かれている.
「どうかな」
僕も,実のところ前から気になっていた.
ロックからストレートに換えたグラスを傾けながら,
一瞬,眼を綴じた.
僕の前に,故郷が・・・
海が広がっていく.

「彼は,水平線の向こう側に
   広がる大地も見ているのかもしれない」
僕は,前からそう思っていた.
バーテンダーは,
いつものように言葉で同意しなかった.
少しだけ微笑んで,一瞬だけ眼を合わせた.

長期に亘って一定の時間,
水平線を見ている人は,
ある安定感を備えた瞳をしていると思う.

胸の奥底を水平にさせるなにか,
僕には,それが分かる時がくるのだろうか・・・
それとも,
本当は分かっているのかもしれない.

まろやかなブナハーブンの味わいと潮風に,
暫く,この身を預けて,
僕の記憶の奥底、海の記憶を辿る.