BOWMORE |
甘いカクテルや 深いモルトの味に 少しずつ心を許して 僕は静かに一日を終えようとしている 時の流れることに 安らぎを感じながら・・ 今夜はいつもより 優しい気持ちを 取り戻している 久しぶりの妻とのデートの終わりはやはり、よく知っているショットバーにした。 土曜日の午後、二人の子どもを僕の両親に預け、 映画を観て、食事をして、バーに入る。 この店のオーナーは、僕達の結婚する前のいろんな事を知っている。 それがなんとなく照れるのだが、うれしくもある。 とは、言うものの、別に馴染みの店でいつも、 想い出を話して懐かしんでいる訳ではない。 長々とバーで想い出話をする程、僕はまだ年をとってはいない。 「アレキサンダーを・・」 妻が小さな声でそう言うと・・ 「それじゃ、アレキサンダーをふたつ」 妻とカウンターに並んで初めの注文をする時、 僕は今のようについ、同じものをふたつ頼む癖がある。 オーナーは何も言わないが、その僕の癖に気が付いているようで、 微かな笑みを見せた後、じっくりと棚から同じカクテルグラスをふたつ、 選び出して、カウンターに並べた。 それは、カットが細やかで美しいグラスだ。 食事の後でデザートをとっていないせいか、 妻は甘いカクテルを選んだ。 僕には少し甘すぎる。 すぐ僕はカクテルグラスをあけて、次の注文をした。 「ボウモアにしよう」 オーナーは、ずっしりと重いクリスタルのロックグラスにウィスキーを注いだ。 厚みのある豊かな香りを放ち、ウィスキーはグラスの中で輝いている。 そういえば、妻が初めて口にしたモルトウィスキーが、このボウモアだった。 隣で僕が飲んでいたコーヒーリキュールのような香りに誘われた妻は、 初めて自らがロックを注文した。 もちろん、この店のカウンターで。 妻にとってモルトの一番の印象は、このボウモアらしい。 ボトルには、港と空を舞うカモメが描かれている。 自由に勢いよく飛び交うカモメが、印象的だ。 「わたしにも、同じものを。でも、ハーフで」 気が付くと、妻もアレキサンダーを飲み終えたようだ。 オーナーは、やはり僕と同じロックグラスを取り出し、 ウィスキーを注いだ。 自分が芯から落ち着ける店など、世の中にそんなにあるものではない。 まして、妻とふたりで行き、落ち着ける店など、 一軒めぐりあえば十分、それで幸せなのかもしれない。 |