BLADNOCH
 

雨が降り続く日は
ひとりで過ごす一時がほしい
思い出すのは
子供の頃,雨の音に耳をすませ
窓から空を見上げた,夕刻の頃


今日は,朝から雨が降り続いている.
午後になり,幾分,雨脚は落ち着いたかと思ったが,
日が暮れても,一向にあがる気配はない.

「今日は一日,雨でしたね」
バーテンダーは,僕が頼んだモルトを
グラスに注ぎながら言った.
レモンを想わせる香のなかで・・
僕は,胸の中で雨についての記憶の糸を辿る.
「雨の音が,子供の頃から好きなんだ」
バーテンダーは,優しく笑みを浮かべて,
僕の前に,そっとモルトのグラスを置いた.

モルトは,ブラッドノック.
スコットランドで一番南にある蒸留所のモルト.
この地について,詩人や小説家が,
数々を物語っている・・・僕の憧れの地.
このモルトの所以,それは,
ゆたかさと慎み深さをあわせもつゆえの芯の奥ゆきにある.

グラスを傾けるごとに,
神聖さのなかで,とても優しいこころもちになる.

一日の終わりに,些細な出来事を優しく見送り,
胸の中で記憶の糸を辿る・・
夏の雨は,僕に
立ち止まることの良さと,
立ち止まらないことの良さのどちらをも教えてくれる.
一日中降り続く雨は,
真夏の一時,僕を異次元へと連れて行ってくれたに違いない.

悠々としたモルトの香のなかで,
バーカウンターに居ながらも,
雨の中を透り抜ける悠揚とした風を感じる夜.


 ブラッドノック
  蒸留所はスコットランドでは,最南端にある.
  スコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズの
  ゆかりの地バーンズ・カントリーの南・ウィグタウンに
  位置する.温暖な気候のおかげか繊細さと豊さをあわせもち,
    ふくよかな余韻のあるモルト.