AUCHROISK
 

時を刻む音を
身体で感じる時間がある

掌には冷えたグラスを

目を綴じると
次第に冷たくなる掌の感覚だけが唯一の頼り
僕を何処か未知の場所へと
連れ去ってくれる
その,瞬間を待っている

いや,連れ去ってくれるのではない.
自らが行くべき所へと・・・


明日のことを想い惑う時間は
いつまでも,ぬるい風のなかに佇んでいるようで
せめて、身体のどこかを
冷やしたくなる.
身体のすべてを
ぬるい風に吹かれ続けていることは
自分を見失っていくことに近い.

「オスロスクになさいますか?」

僕がカウンターでひとり,じっとしていると
バーテンダーはいつも,なにかその時に彼が思いついた
モルトを,ふいにすすめる.

「シングルトンのことです,オスロスクは蒸留所の名前です」

そうだった,殆どのモルトは蒸留所の名が
酒の名前として呼ばれている.
けれども,
ゲール語のオスロスクには,
モルト自体にシングルトンという名がついている.
誰にでも発音できて,覚えやすいように.

・・昔の僕に似ているようだ・・

知られることと,理解してもらえることの
狭間にいた頃に・・・

今夜,仕事に疲れているだけなのか,
それだけではないのか.
まとわりつくぬるい風から身体を冷まして,
カウンターで自らが時を刻む音にあわせ
近未来を想い描く・・・

グラスの雫がキラリと輝き
その雫は僕の掌に染み込んでいく.

氷で冷えた
オスロスクが僕を目覚めさせる.