ABERLOUR |
いつもより、今夜は、ゆっくりと飲んでいる 少しだけ身体が疲れている 時間をかけ旅をしているような心持ちになる 飛行機にも列車にも乗らない旅 あえて、たとえるならば船旅 この心持ちは、 身体を覆う船のゆらぎに似ている 時空を越えた旅だ 「今夜はあまい気分になれるものを 飲んでみたいな」 僕の言葉にバーテンダーは不思議そうな表情で、 「それは、モルトのなかで?」 そう呟くように言った. 「もちろん」 僕は今、シャンペンをベースにした 華やかな色味のカクテルを飲み終えたところだ. 「なにか、いいことでもあったんですか?」 バーテンダーは、僕から視線を外し、 背後の棚に整然と並んでいるモルトのボトルを振り返った. 「どちらかというと、その逆かな?」 僕の言葉に、バーテンダーはなにも訊ねない、 僕に背を向けたまま、ボトルを見渡している. まるで、目でボトルをシャッフルしているように. やがて、バーテンダーは一本のボトルを手にした. アベラワー、 それは、僕が飲んだことのないモルトだった. 「ロックよりもストレート」 彼はそう言って、ストレートグラスを置いた. 僕の目の前で、やわらかくてあまい香りが舞う. 少しだけ疲れている身体の内側で、 気がつかないでいた傷が少しだけ疼いた. 身体がふわりと一瞬、軽くなったような気もした. 僕は時々、このカウンターで飲んでいる時、 旅をしているような感覚に覆われる. 無理をして何処かへ行く必要はない. 過ぎ去る時のなかに、我が身を置いて、 時の揺らぎに意識を彷徨わせる旅. アベラワー、ゲール語で「ラワー川の落合」 川を自然に流れていく小船のように 今夜の僕はあまい香りに包まれ 静寂のなか、水脈を辿る. 川の落合に流れ着いた小船は、 美しく揺れる光の水面に漂い、 明日の旅路を想う. |